幻想を現実として捉えてはいけない

幻想を現実として捉えてはいけない

私は日頃からアニメ、漫画等を読むことが多く、多くの物語と触れている時間が長いです。その中で、よくアニメ批判やイラスト批判が最近では増えてきたように感じます。

しっかりと読んだ上で批判をする人もいますが、全くどんな物語かを見ずにイメージで語る人もいるのも事実。

コレ自体が問題ではないかと考えています。

ビジネス書の漫画が増えた

ビジネス書といえば、難しい内容を長い文章で読むことになるため、避けている人もいることでしょう。

そんなことがないように出版社は工夫をし、ビジネス書をマンガ形式にしたり、図解にすることで理解度をあげようと努力しているのも事実です。

しかし、それに対して絵が女性でなおかつ、現実にはいないものだから良くないと批判する人もいるわけです。

私はこれに対して言いますが、別に現実世界にいないからといってそれがだめというルールは存在しないということです。

なぜなら、あくまでもフィクションの世界であって、物語なのです。

それに、イラストは現実というよりも理想を描いたもので、それが具現化されたものに過ぎません。

そのイラストレーターさんや漫画家さんがこんな人がいたらこんな感じだろうな創造で作り上げたものであって、現実がどうこうというはなしは全く別の話です。

だからこそ、それに対して批判をするのは表現の自由やその人の生活を奪うことにも繋がりますし、仕事としてやっている才能を殺すことにもなりかねません。

別に規制することでもないですし、そのほうが売れるというのもまた事実であるわけで、それがわかった上で出版社等は仕事を発注するのです。

そもそも、需要があるものに規制をするのは、経済にも大きな影響を与えますし、せまかった入り口を広げたのにも関わらず、それを狭めることにもなります。

だから、批判をして行くスタンスはあまり良くないのではないかと考えています。

犯罪が増えることになる?

よく萌え系の絵は犯罪の温床になると言われますが、そもそも現実と仮想を同じ軸で考えること自体が間違えなのです。

イラストはイラストレーターさんや漫画家さんなどのクリエイティブな発想が具現化したものであるという説明をしました。

あくまでも空想の姿なのです。イラスト以外に俳優でも考えてみることにしましょう。

みなさんが見えているテレビの美しい男女は身の回りに多くいますか。いる人もいれば、いない人もいるのが現状です。

でも、テレビでは毎日のように出ているわけです。それによって、男女の求めるものが上がっているのであれば、イラストと同じ効果が見えるということでしょう。

つまり、イラストだけでなく、俳優などの三次元でも温床になる可能性は十分に秘めているということです。

しかし、この問題は分けて考えなければいけません。そもそも、犯罪がなぜ増えるのかという話です。

よく犯罪者がおかしいと言われますが、実はまともだった人でも犯罪者になることだってあリえるのです。

それは失敗やうまく行かないことによる嫉妬や環境による精神の崩壊でしょう。

明るく振る舞っていても、心は傷ついているかもしれませんし、それがどこかのタイミングでアクに染まることだってある。

犯罪が増えるタイミングとして経済で言えば、デフレになったときです。

仕事もなく、生活もできない、ならどうするか、相手のものを盗んでどうにかすればいいと考える人も増えるわけです。

そう、最終手段として浮かんでくるのがその考え方。

そして、一度成功するとこのままやっていたほうがいいよなという思いになり、それから犯罪にルートへ進み続けてしまうことにもなります。

だって、普通に生活して、普通に働いても自分の欲求を満足できないんだものと。それ自体がバカバカしい。

スリル満点で楽に生活ができる今のほうが楽しんだなんて考える人もいるでしょうね。

そんな状態になれば、何でもやり放題です。性犯罪も同じようなこと。

女性との接点がない、何かで友達がいないなど何かしらの寂しさ、満たされたよくなどが何らかの形で現れ、その方向に走らせることになります。

そのきっかけがイラストあるいは俳優などが出演しているドラマかもしれません。

それにより、施錠されていた感情が解除され、犯罪を行うことになるとも言えます。

その考えは偏った知識から生まれるものとプライドも関係してくるでしょう。私はアニメを見ているのだから、このようにやれば成功すると。

しかし、アニメはフィクションであり、作者が考え出した構成に過ぎません。

だから、作者の知っているようなことを都合よく盛り込み、話を勧めていくのです。

すべての人がその形に当てはまるのかという考えが無いがためにも、そのような考えに陥る可能性があります。

すべてが卑猥なものが原因であるとは限らないのです。あくまでもフィクション、娯楽であるということに過ぎないのです。

それを叩くことは娯楽で楽しむなと言っているようなもの。もし、あなたの趣味を周りから禁止されたらどんな気持ちでしょうか。

ふざけるなと思うだけでなく、何がわかると反論することにもなります。

だから、しっかりと現実と創造の世界は別のものであると小さいときから教育をしていかなければいけないのです。

また、そのような成功体験が少ない人にも手を変えていくことも必要です。それに男女の問題も考え方が異なるのだから、揉めるもの当然のことでしょう。

広い心をもって、相手のことを考える、なぜ好きなのかを考えることも必要です。

そんな事もできないのであれば、そのような情報を一切シャットアウトするや、そんな場所に行かないと徹底すればいいだけです。

自分から動かないで、批判ばかりしているようでは、何も変わりません。あなたがかわかるか、あなたがそれから離れるかするしかありません。

私も嫌いなものはとことん嫌いな部分があるので、情報を得ないようにシャットアウトしています。逆に、好きなことはどんどん仕入れるようにしています。

実際に食べ物に関してうるさい部分があるので、アジのあわないお店には二度といかないように徹底しています。

そこで絶望するよりも、行かないようにマイルールで仕切ったほうが不快な気持ちにならないからです。

結論

イラストが卑猥だろうが、俳優がどんだけイケメンで美人だろうが、ドラマ映画で演じている姿はあくまでもフィクションであり、現実とは全く違う軸の話であるということです。

どんなに望んでも、アニメの理想を追求したものには勝てる人はなかなかいませんし、芸能界のような人が周りにいるわけでもありません。

これが現実であり、誰かの努力によってその幻想は生まれているのです。それを理解した上で物事を捉えてみると世界観が変わるかと思います。

すべてを同じ次元で語るのではなく、違う次元として捉えることが今の考えとして必要なことになります。

空想から何かが生まれる。それを求める人達も一定数いるわけです。

それに割り切っている人達だっているわけで、一部の人間によってすべてが批判される対象になるというのはいかがなものでしょうか。

そんな批判をしている場合があるのなら、真剣にべつの考え方を学び、訴えかけていくことが必要なのではないでしょうか。

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