【ホンネ】「誰かががんばる」搾取されるニホン

【ホンネ】「誰かががんばる」搾取されるニホン

今回の内容はとても言葉を選ばずに思う限りのことをぶちまけたものになっています。

結構、卑劣なことも行っていますし、厳しいことも行っているので、イラッとする場面もありますが、その際は静かにブラウザを閉じてください。

搾取化が進むニホン

今のニホンはタイトルにもある通り、頑張れば頑張って分だけお金や対価を与えてくれると信じている人もいると思いますが、それは間違えです。

頑張っても評価されない、頑張っても給料が上がらないなんてザラにあるのです。

なぜなら、頑張ってもらったほうが助かるから。それに、頑張れば問題となっている苦しい環境は端から見れば消されるんです。

つまり、頑張れば頑張るほど、問題は明確とならずに悲しいことに消えていってしまうのです。これがこの世の末です。

人間は目で見たものしか推測できないところもあります。少ない人数でどうにかお店が回っているや工場が回っていれば、やればできるじゃんという評価がおしまいです。

これが知りたくもない頑張りを搾取する仕組みなのです。

昔みたいに頑張ればどうにかなるという考えで仕事をしているとどんどん自分の首を締めることにも繋がり兼ねません。

頑張れば評価してもらえる、仕事ができればいいなんて時代はとっくの昔に終わっています。それが今のニホンであります。

そして、非正規や派遣が増えていくのか次のようなことが関係していくるでしょう。

引き算経営がすごいとされる

今はどんだけ働かせるか、コストを抑えた上で利益をどれだけ追求できるかが経営者の中でのすごい経営ってやつです。

最近の事例を見ていればわかるでしょう。どれだけ経費を削減できているかが経営者として素晴らしいかを見せるようなものが多い。それに、経費が削減できれば簡単に利益が上がっているように見えるのです。

それは限られた売上の中で経費というマイナスのものを少なくしたのですから、利益が上がるなんて引き算ができれば理解できるでしょう。

そう、人件費やコストを減らし、利益を多く見せる。これが経営だ。

感情なんて関係ないと言いつつも、お金が以外では根性論で突き返す。

低コストこそが素晴らしい経営だとバカみたいに認識している人が多くなったことが原因でしょう。

これに対して、ならひとを雇わずにロボットにすればいい。

一人で経営すればコストなんてかからない。でもやれないだろ、人の力に頼っているのだから、それで何があろうがあなたの責任なのです。

そう、コストを減らすだけを考えている経営者はだだをこねているだけなのです。それでも大人かと思いますがね。

そんなことはさておき、いつまでも搾取される側として労働者も立っているのがおかしいわけです。

雇用してあげているのだからと考えているのであれば、考え直したほうがいいでしょう。今の時代、会社の労働環境なんて明らかになる事が多いわけです。

それはどんなに誓約書を結んだところで、最初に労働基準法を違反している方が悪くなるわけで、違反をしている方の考えなんて見ないでしょ。

まず、法律を守ることから始めることとしましょう。

社内ルールは全てではないし、理不尽なものは従わなくてもいい

会社によっては社内ルールは絶対と考えているかと思いますが、それは間違いです。なぜなら、会社の有利なように作られているものもあるし、法的義務はまったくないからです。

退職を例にあげればわかりますが、雇用契約に機関の定めがない場合は、民法によって2週間前に申告すればやめることができることになっています。

これを理解せずに会社の規則がルールだと主張され、労働者は何も言えないなんてということもあります。

このようなことがとんでもない会社規則や学校などの校則として反映されるのだと考えられます。

ルールはあくまでも誰かが作ったものに過ぎません。それを過信しすぎると変な方向へと向かっていくことになるのです。

ルールに従っているから大丈夫とは、都合のいいように解釈をしているに過ぎないのです。

「頑張る」といけない理由

なぜ、頑張るといけないのでしょうか。昔から、何事も頑張れと言われるものです。

確かに頑張ることは素晴らしいことです。負けない気持ちや耐え抜く力は評価されるべきものと考えています。

しかし、そのがんばれには危ない意味も含まれるのです。

学校の場合は頑張ることで評価につながるとされていることが多いですが、社会に出ると頑張っても評価されないことなんてそこら中にあります。

ここで頑張っているのにという気持ちが生まれるのは確かですし、その人が報われないのもおかしな話です。

だが、ここに1つの問題点が隠されているのです。

それは頑張りが他人を楽にさせるだけでなく、悪い欲求にも対応してしまうことです。

よく奴隷という話を聞きますが、それこそ奴隷とされた人たちが頑張り続けることによって、奴隷としている人が悪い欲求を満たすことになるのです。

例えば、奴隷として働かせていた人(Aさん)がいるとします。その人はとりあえず部品を組み立てるだけでいいと考えていたわけです。
しかし、奴隷は評価されたいがために一生懸命に部品を組み立てる数を増やしたとします。

1時間で10個しかできなかったものを1時間で20個作れるようになったとします。
このとき、奴隷の人(Aさん)の体は限界まで達していたとしますね。

そして、この主人は20個できれば、利益が上がる。もっと個数を増やしたい。「こいつなら後もう少し頑張れば、できるんじゃないか」と要求をします。
その後、奴隷の人(Aさん)は20個から30個へと増やしました。この後の流れはわかりますよね。

奴隷の人(Aさん)にもっと要求を続けるのです。そして、奴隷の人(Aさん)は過労死でなくなります。

一人でこなせない量をこなし、評価してもらおうと頑張った結果、体が朽ち果ててしまったのです。

こうやって過労死が増えるのではないでしょうか。

人数で作っていたものを誰かが頑張ったことにより、もっとできるだろうという欲が生まれ、それ以上のものを求めた。

そう、今の日本社会ではないでしょうか。コンビニの店員にもっと丁寧な接客を求める。工場のパートに組み立てだけでなく、製造も頼む。

このようにして、搾取されていってしまうのです。そして、なぜこのようなことになるのか、それは感情という部分が大きなカギを握っています。

それは相手を思いやる気持ちと稼ぎたいという欲望のバランスが取れているかどうかです。

相手を思いやる気持ち、今の皆さんはお持ちでしょうか。なにかトラブルが合った際に怒りよりも、失敗のケアーをする。

問題が起こったときに他人のせいだけでなく、自分にも被があったことを認めるなど色々とありますね。

その気持と稼ぐや楽をしたいというのがどのくらいの割合であるかです。自分は苦労をしているのだから、相手を思い通りに使って当然とかがこのようなものになります。

逆に奴隷となるひとは主人に認めてもらうために仕事をがんばります。もしかしたら、あの人が求めているものは何か、こうすれば喜んでもらえるなどを考えるわけです。

それが評価されていないとしても、そうするしか手段がないのです。だから、頑張るわけです。

これって今のニホンではないでしょうか。生活をするために仕事をし、生活をするために相手の求めるものを考える。

そして、それが評価されていなくても、次頑張ればいいと

そうなんです。労働者が奴隷として扱われている捉えられてもおかしな時代となっているのです。

そして、経営者・株主のわがままを労働者は聞いているわけなんです。見返りを一切求めずに、今の生活を担保するために。

感情の制御もできていない

人間とは哀れな生き物です。理性を持ちながら、欲求を満たすために生きているわけです。

それがいけないことだとは思いません。しかし、それが時には悲劇をおこすことだってあります。

感情に飲まれるな。飲まれたらおしまい。

この言葉こそ、誰かを使う人間として考えなければいけないことの1つです。感情で何かを考えると良くないものにもなりかねません。

稼ぎたいから人を使う。利益を得るために人を使う。

誰もが考えることです。会社は利益を追求する組織だと。でも、忘れてはいけないことが1つある。

それは社会貢献をしつつ、雇用を守ることも会社の義務であると。

そして、会社だけでなく、国に例えれば、国民を守ることが国の役目であると。

この条件はルールを守るのであれば、必要なことです。変なところでルールを守るのに、このようなところでルールを守らないと言うなら、話が違います。

これこそ、ルールで考えているのではなく、感情で考えているだけ。だから、感情も制御できていないというのです。

これが答えです。搾取される理由は、使う側の人間が感情の飲まれているから。ルールではなく、感情に支配された存在だから。

だから、それ以上の成長もなく、それ以上の利益もうめないだけの話です。

仕組みを運営するなら、感情に流されずに仕組みとルールをもとに決めていかなければいけません。

結論

搾取されるニホンになってしまったのは、感情に支配されている人が多くなったことが原因でしょう。

公平に決められたルールをもとにではなく、感情が入り込んだものにしてしまった。

それが「頑張る」という感情をねじ伏せた。その結果、本来の頑張りに直結せずに、結果が出にくくなっている。

それをどうにかしない限り、搾取は止まらないでしょう。

難しいマネジメントやリーダーシップ、フォローシップ、人材マネジメント、人材育成などの手法を学ぶ前に、自分の感情をその条件下で制御できるか。

これを先に学んだり、実践したほうが早いのではないでしょうか。感情が邪魔をすることもあるし、活かすこともできる。

しかし、自分の欲の感情をいくら出しても、相手への親切の感情がない限りは、手法なんて意味がないものもある。

従わせることが全てだとしても、それが後々弊害を生むことだってあります。

ボールをイメージしてもらえばわかるかと思いますが、ボールに一定のちからを加えるのであれば、破裂したりすることはないかと思います。

しかし、そこから力を加えていくとどうなるでしょうか。破裂するか、跳ね返ってきて体のどこかに当たることがあるのではないでしょうか

人間も同じようなことが起こります。塵も積もれば山となるというように、不満がたまりまくると爆発することがあります。

それがどんな形で発散されるかはわかりませんが、確実に今まで見たことないような感じになるかと思います。

これこそが、精神的に頑張りすぎた結果、限界を超えた結果です。無理をし続けさせると壊れるのです。

人を使う立場であれば、それくらいのことは認識しておくことをおすすめします。人がついてこないは、あなたのなにかに問題があることをお忘れなく。

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