2種類の努力家がいる

こんにちは、マサカズです。

今回のテーマは「努力家」です。

この努力家、素晴らしいことではありますが、間違った方向に行ってしまうととても厄介や存在にもなりえます。

努力家には2種類いる

努力家は素晴らしいとたたえている傍ら、後半ではディスりましたが、努力家にも2種類います。

それは相手のことを考えられる努力家相手のことを考えられない努力家です。

どういうことか、気になりますよね。簡単に言うと相手に努力を強調するか、しないかです。

前者は努力はするべきときにするという考え方を持っているので、相手がしなくても良い努力を避けるようにします。

しかし、後者では相手にも同じように努力することを勧め、自分よりも努力していないと相手を攻撃します。

このような特徴が実際にあります。周りを見て見ると分かる部分もあるかと思います。

現在の日本では、後者が多いのではないでしょうか。1つずつ見ていくことにしましょう。

相手のことを考えられる努力家の特徴

相手のことを考えられる努力家とは具体的にはどういうことかですが、例えを考えてもらえればわかりやすいでしょう。

例えば、学問を勉強する際に先生が言っていることが理解できなかったとしましょう。

しかし、男性Aさんは他の人よりも勉強をしていて、基本的な知識がついていたとします。そのときにわからない子にわかり易い言葉で教えてあげる。

この行為こそが、相手のことを考えている行為なのです。だって、自分で学んだことを教えるのはサービスを提供しているのと同じなのですから。

さらに、わかりやすく教えるというのは、相手のことを考えていなければできないことです。

あなたが一度勉強したところがわかりにくいときに、別に解説をつけるとかもその一環です。

つまり、自分が苦労した部分を他の人が苦労しないように改善したり、わかりやすくしたりすることが相手のことを考えられる努力家です。

その人から教わることはたくさんあるでしょう。ぜひ、このような努力家についていくことをおすすめします。

特に未経験なことに関しては、初心者レベルまで落として説明できるはずです。そのため、

原理や原則などの細かい部分まで知っているというのも特徴です。

 

相手のことを考えられない努力家の特徴

相手のことを考えられない努力家は自分と相手を同じ基準で考えることをします。

例えば、勤続4年の人と新入社員を同じように考えることもあります。知らないことがあった際に、そんなのも知らないのかとバカにしていくこともあります。

自分のほうが努力しているから知らないよねと相手をバカにして、知識を教えようとはしません。

奪われるのが怖いんですね。この仕事を。そんなことで自分が当たり前と思っていることを知らないことがわかれば、面倒なタイプです。

また、このタイプにはもう一つのパターンである、自身が当たり前と思っているところから説明が入ることもあります。

この業界なら当たり前の知識であるから、他の説明を飛ばして話をしてしまう。そうすると相手は何を言っているのかがわからずにポカーンとしてしまうわけです。

このタイプの性格として、自分と同じくらい努力をしていないと気に食わないという考えも持っています。

すぐに教わるのではなく、自分で考えろや自分で答えまでたどり着いてみろなど自分はそうであったことを肯定したいがために、相手にも同じ境遇をアジ合わせようとします。

この感情が生まれる原因として、自分が満たされていないことや被害者であるという考えからです。

このような努力家を上司にして知ったり、先輩としてポストにつかせると新人が定着しないなど問題も多く存在します。

このような努力家には人材育成の重要性なども全然理解されないのです。

同じように苦労をして、上り詰めることが正義だと考えてしまっているからなんです。

努力はなんのために行う

努力とはなんのために行うのでしょうか。できないことをできるようにする、お金を稼げるようにする?

色々あります。あくまでも努力というのは手段であって目的ではありません。

努力すればどうにかなるというわけでもなく、努力をしなければ何も変わらないのも事実です。

しかし、その努力さえも認められなかったら、どうでしょうか。悲しみ、落ちていくこともあります。

そんなことがないように努力したことを容認していく。

そして、そこから見いだされたものを活用していくことで「相手のことを考えられない努力家」が少しでも減るのではないでしょうか。

「相手のことを考えられない努力家」も自分たちの努力を認められなかった被害者でもあります。

一方でそのような人たちが増えることで自分を苦しめていることにも気づいていないわけです。

あなたの努力が他人によって、改善され、しなくても良かった努力だったら。そこまで努力しなくてもよかったらと考えてみると。

恐ろしいものですよね。苦労してした努力がしなくても良い努力だったら。

そんなことがないように他人の努力を容認する、自分のした努力を提供することでどこか役に立ち、自分の努力も容認されるかもしれません。

努力しあったことを共有する

努力したことを共有することが現代社会では重要なことです。ビジネスなど時間が早くなっている一方で1人でできることは限られるとも思います。

たとえば、プログラムを作るにも1人で作ると相当な時間を費やすくことになります。ものを作るのだって、1人よりも人数がいたほうが早くできる。

だからこそ、グルーバル化の中では協力をし合う、努力を共有する事が重要なのです。

そうすれば、自身の仕事もやることも減って、楽にしていくことがあります。

努力して貴重な人材になることも重要ですが、それ以上にその努力を共有して、自身の仕事を減らしていくことが自分自身を苦しめずに済む手段でもあります。

あなたは何ために努力してきたのか、手段であることなのに、なぜ目的になってしまったのかをきちんと考える時期が今やって来ているのです。

努力は手段であり、自身で評価するもの

努力はあくまでも手段であるのに、それを目的にしてしまったのは、頑張れはどうにかなるという考えからでしょう。

たしかに、頑張ったのだから、報われたい気持ちもわかりますが、それよりも何故努力しようと思ったのかのほうが重要です。

努力したことを自身で認め、誰かに認められなくても、それが自分にとってプラスになるはずです。

誰もが努力を馬鹿にすることはできません。間違った努力とかいっている人がいれば、その人は努力をしたことがないのでしょう。

努力が仕事ややっていることに直結していると考えてしまっていることが問題でもあります。

それが視野を狭めてしまう原因にもなってしまうので、なるべく努力を肯定化し、今は実らない努力でも自身を認めることをしましょう。

実際に私も努力しても実らないことばかりで、うんざいすることもあります。でも、実らない努力をバカにすることをしないようにしています。

それは周りの努力も一緒にけなすことにもつながってしまうから。

どんなに努力しても実らない環境には努力は目的達成をしないといけないという環境にいるような気もします。

だれもが違う努力の仕方をしていることをこの記事を読んでいただいている方だけでも、わかってもられば、明るく過ごせる環境を作り出すことができますよ。

環境はいくらでも作り変えられるわけですし、それは自身も作る側に回ればいいだけなんです。

相手を肯定できる努力家になりましょう。

人間関係カテゴリの最新記事