語るブログ 会社の労働状態

語るブログ 会社の労働状態

今回も語るブログシリーズとしまして、労働問題について語っていこうと思います。思うことはたくさんありますからね。実際に会社での業務をしたことがある人間としてどうなのかという部分を紹介していきたいと思います。

労働について思うことを書いていこうと思う。現在の日本の労働は奴隷制度とも取れるような残酷な労働になっている。

例えば、労基法で通常が8時間勤務とされている中で、上限を設けずに残業を行いながら、残業代を支払わないなどの問題ががある。

この問題としてみえる部分は利益のためなら犠牲にしても構わないという部分と会社が儲かれば上層部への配当も上がるというところに目がいっている点である。

どうしても会社というものは利益を出さないという使命感があるため、利益のためならという考えが出てしまうが、それが間違いである。

会社はあくまで法人という組織であって、実在するものではない。あくまでも人間の集団であるのだ。その集団が解散してしまえば、会社というのは成り立たなくなることもある。

しかし、会社はどんなに人が入れ替わっても持続的に活動し続ける。それはとある人間が抜けても募集をし、補充をすればまだ集団として成り立ってしまうからだ。

ただ、それがずっと続くとも言えない。それを考えた上でどれくらい従業員を大切にできるかが今後の会社には重要になってくる。

従業員を大切にすることによってまた新しいノウハウ(知識)が生まれ、時代の波に乗り続けることができるが、従業員を大切にせずに辞める人が多ければ新しいものよりも現状のものを教えるのに精一杯で波に乗ることも難しいのだ。

そのようなことに気がついている人がいるかどうかでこの時代で乗り切っていけるかが決まってくるのではないかと推測する。

ここで人間の特性について私が知っていることであるが、人間の集中力は15分と言われている。それ以上やっても記憶として残っていないことのほうが多い。

ということは、人間の集中力がそれほどしか続かないのに長い時間働かせたらどうか、全く考えておらずに仕事をしているだけということになる。

それだけで生産性が下がっているのはないかとも言えるだろう。なぜ、休憩をしたほうが人間のモチベーションは続くのか、睡眠をしない状態で仕事をするとミスをしやすいのかなどを考えていけば、ながくやることで仕事が終わると言う価値観を打破できる。

そもそも、人間は長く働き続けるようには体ができていないのではと思っている。考えてみればわかる。11時間働きぱなしで次の日の状態と当日終わったときの状態はどうか。8時間定時で次の日と当日の終わった時の状態はどうか。

8時間定時のほうがまだ余裕があり、気分としても全然違うのではないか。だとすれば11時間のときはどうかというとすぐに仕事だと気持ち的に余裕がなくなり、余計に疲れるということにならないかということである。

つまり、しっかり休息を与えなければ、スッキリした状態で仕事ができないのでミスが起きやすいことになるだろうという仮説を立てておくこととする。

ここで批判が飛んでくるだろう。「バブルや高度経済成長時代は長い時間働いていた」と。ただ、考えてほしい。本当に良かったのか。それは時代の状態が影響していないか。

そもそも、高度経済成長時代とバブル自体は市場自体が成熟していなかった。つまり、成長段階であったということだ。その時代はものが多いから作ればかってもらえるという時代だった。

しかし、現在はどうだろうか。世界、日本全体を見ても、ものが溢れていると思わないだろうか。何をするにもものがあるがあるから、何でもできる。

ここで例をあげていこう。高度経済成長の日本はものが少なかったという話に触れたが、それをパンで例えると高度経済成長時代は1〜2種類しかパンがなかったが、現在は10種類ものパンがあるとすれば、どうなるだろう。

「パンがほしいな」(何でも構わない)となれば1〜2種類のパンを選ぶしかなくなる。しかし、現在は10種類の中で自分が好きなパンを選べることになる。そうするとパンの需要は分散してしまう。つまり、パンを選べる権利ができたということは売れるパンと売れないパンが生まれるわけである。

だが、高度経済成長時代は1〜2種類しかなければ、そのどちらかを選択するしかないため、同じくらいの個数を用意してもどちらも売れ残る数は少ない。

でも、現代は10種類の中で順位ができ、売れるものと売れないものが生まれ、売れ残る数にバラツキが生まれるのである。

何が言いたいかというと、昔は種類が少ないからどうにでもなったことが現代ではどうにもならないのだ。種類が多いがために、売れ残る数も市場の状態によって左右するし、これから新しい商品を作っても売れる保証がない。

昔は種類が少ないため、1種類くらい増やしても問題がないということになる。だって、選択肢が3つになり、分散はそこまで起きないからである。

ここから見るに昔と同じような戦略では成功しなくなっているということだ。先程、成熟市場という話をしたが、それはどういう意味かを下記に引用した。

殆どの世代がほぼモノをそろえた時代を成熟市場と呼称している。多く商品が高い普及度を示している市場の状態のこと。市場特性は、多く耐久消費財が高い普及率を示す、ファッションでは「タンスいっぱいといわれるように多数保有成長期市場のように強い購入意欲を示さない、需要買替えか買増し中心などの特徴がある。1980年代に入って、わが国市場は、成熟市場となった。

出典:weblio辞書

だからこそ、この成熟市場では今までのような働けば結果ができるというわけではない。どんなに努力をしても顧客の選択肢から外れてしまえば、売れなくなってしまうからだ。

ではどうすればいいのかと考えるときに脳を使うだろう。脳は疲れを感じていると考えなくなる性質もあると聞いたことがある。

日常で考えてもらえれば、疲れているときに頭を使おうと思うのかということだ。普通の人なら使いたくはないだろう。だとしたら、頭を使わなければいけない現代において長時間労働はよろしくないのである。

休憩などで休みながらやっていれば長時間でも疲れは軽減されるが、ずっと仕事をし続けているということであれば自ずと生産性は低くなるし、不良などの品質やミスがふえることでそれを処理するのに時間がかかることにもなる。

そんなことが起きないようにするためにも長時間労働に対して、考えていく必要があると私は考えている。時代は生産していればいい時代と生産状態を調節して考えていく時代へと変化したということも頭に入れておくことである。

固定概念に従っているようでは、新しいアイデアは生まれないし、それを実行することも不可能に近い。いかに柔軟に物事を考えていくかがこの時代の消費者の心を動かすことになるだろう。

現在の企業はそのようなことを求められているのかもしれない。だから、外国の企業が伸びているのかもしれない。日本では通用した方法が通用しなくなってきているのかもしれないと思いながら生活をしていくしかないものかもしれない。

 

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